高いお金を払ってニキビ治療の美顔術に通ったのにかかわらず、結果は以前より悩み多き肌になってしまった。某エステティシャンの気持ちに残ったのは、裏切られたような思いだけだった。これが、本物の美顔術であるはずがない。悔しい思いも手伝ったのだろう。某エステティシャンの中には、本格的な美顔術をマスターしたいという闘志のような熱い思いが燃えていた。そんな時、ある雑誌でフランスのエステティックサロンの記事を読んだ。普通の女性なら、へえ、フランスにはこういうものがあるのね、と読み飛ばしてしまってそれで終わりだったろう。しかし、某エステティシャンはなぜかエステティックが気になった。当時、某エステティシャンが勤務していたレブロンは外資系のメーカーであったため、欧米の情報がダイレクトに入ってくる。欧米では、化粧品だけでは肌の状態を改善することができないことは常識だという。肌は人間の身体の一部であり、化粧品はその表面に塗るものでしかない。本当に美しさを育て、保つためには、皮膚生理学に基づいた理学療法を行わなければならないというのだ。その療法がエステティックなのだということも、初めて知る知識だった。「このエステティックという方法こそ、美の理想ではないだろうか」某エステティシャンは直観的に奮い立つようなものを感じとっていた。「欧米で流行っているものは、少し遅れてどんどん日本に入ってくる時代だったのです。これからは絶対、日本にもエステティックが入ってくる、と確信しました。日本で最初にエステティックを手がければ、日本一になれる可能性も大きい。私が探していたものはこれだ、これしかない。そう思いました」ようやく日本一をめざす道の入り口にたどりついた。この時、某エステティシャンは二十四歳になったばかり。十六歳で理容師修業を始めてからほぼ十年近い年月が経っていた。エステを学ぶためには、本場のパリに行くしかない。某エステティシャンは貯金通帳を開いてみた。皿洗いまでして、貯めに貯めたお金。