絶望的な醜さのなかに美を見いだす

2011.03.31

絶望的に思える醜さのなかになお美を発見する光源氏の視線は、イコール作者の紫式部の視線である。ここには、「化粧する女」の“もののあはれ”を描いた清少納言とは別種の、あたたかというよりは慈しみとでもいうべき大きなまなざしが、ある。末摘花の醜さを見た光源氏は、かえって「貧しく醜い末摘花を自分以外の誰が我慢できよう。これは末摘花の亡き父常陸親王の魂のお導きかも」と思い、彼女との結婚を決意している。その後、自宅で、自分の顔を鏡に映して「我ながら美しい」と思いつつ、ふと赤い絵の具を鼻につけてみる。そして当時まだ十歳の紫の上に尋ねる。「私がこんな変な顔になったらどうする?」と。「イヤだと思う」幼い紫の上は大笑いして答えた。それを見た光源氏は、何を思ったのか。「ふいても取れない。つまらぬいたずらをしたもんだ。ミカドがなんと仰せになるだろう」絵の具が取れぬふりをして嘆いてみせる。すると紫の上は「本当にかわいそうに」と思って、寄り添ってぬぐってくれた。
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